[実業家]広岡浅子

広岡浅子(ひろおかあさこ) (実業家)

解説

京都の出水三井家(小石川三井家)に生まれ、「女子に学問は不要」という男女不平等の教育に疑問を持ちながら成長します。広岡信五郎と結婚後、女子教育の先進である成瀬仁蔵に共感し、日本初の女子高等教育機関である日本女子大学校の開校を支援しました。日本女子大学校の評議員に樺山資紀がいた縁から、二の岡に別荘を持ちました。この別荘では女性の勉強会が開かれ、赤毛のアンの翻訳で知られる村岡花子や、当時、読売新聞の「婦人付録」の主任であった小橋三四子、やがて女性解放運動で活躍する市川房枝が小橋との縁で参加しました。大同生命の創業者の1人です。

(写真:二岡神社)

 

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御殿場市 教育部 社会教育課 
TEL:0550-82-4319
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